潜水艦

開園当初より親しまれた潜水艦の中に入り、水中のレールを走り展示された魚を見るアトラクション。3号までが存在し、初期にはそれぞれに名前がついていたようだ。
開園当初は黒塗りの潜水艦だったが、カラーリングは時代によって変わり、
99年(97年?)に変更された1~3号まで統一された黄色地に青のラインが入ったものが晩年の仕様となった。
製造はジャングル探検船と同じ、三保造船から墨田川造船となっているので途中入れ替えがあったと思われる。各船の名前はYD-01~03→SŌYA、FUJI、後1つ不明→YDL1号~3号が判明している。
また80年代後半頃から、園裏に1隻(リストラ?)放置されていたらしい。
潜る潜水艦のアトラクションは日本で唯一(姉妹奈良を除く)を誇ったが、
現在は名古屋のレゴランド・ジャパンにサブマリンアドベンチャーが存在する。
またもともとモデルとなった、アナハイムのディズニーのサブマリン・ヴォヤッジ(こちらも時代と共にカラーリングがかなり異なる)が『ファインディング・ニモ・サブマリン・ヴォヤッジ』となって現役である。(色も似ている。)

★元潜水艦スタッフの方に以下の事をうかがいました。
・毎朝軽油を入れる。
・毎朝水をきれいにするために薬を撒く。
・水中にレールがあり、それに沿って動く。
・潜水艦を2台運転するときは、綱でひっかけてレールの上に持ってきて、支柱を落としてレールに連結する。
・支柱がすごく重くレールにはめるのは大変な作業。
・放送案内は台本があった。


初期の黒く渋い姿。

横浜ドリームランドオープン記念アルバムより


イエローサブマリン、赤いラインと青いラインが存在した時代。
3号は真っ赤であった。
(ゆうえんちぴあ 1992、青色は1995年、真っ赤は1990年撮影、セブン道楽様提供)



晩年のカラーリングと内部
(るるぶ 首都圏遊園地&テーマパーク 1999より)


入り口と顔ハメ看板。(後ろはボブスレーのレーン、ビックリハウス)

閉園直前ピンナップ?いろいろ 閉園間近の風景ページでも少し公開中。



遊園地裏に存在した潜水艦。
(1990年、1995年 セブン道楽様提供)


伊集院光日曜日の秘密基地 2006年当時の情報です。

横浜ドリームランド・潜水艦の思い出
外観、内観、乗り場の様子など

 

60年代登場施設

開園当初には無かったが、60年代に後からできた施設たち。
※厳密に分けると開園翌年、翌々年営業開始のエンパイアホテル、モノレール等もこのページになりますが、
このページでは開園当初の計画として導入されたものでなく、諸事情のため開園時からの改造として誕生したものを紹介します。
 ↓ 1967年ごろの広告モノレールで8分である。

レインボープール&マンモスリンク
開園当初はこの場所に大噴水があったが取り壊され、1967年にプールが建設された。
流水、造波、飛び込み、スライダーなどが堪能でき、晩年までの大盛況であった。
冬期はスケートリンクとして活用され、近隣の小学校などのスケート教室で利用されていた。


※写真は90年代前半のもの

プール(スケートリンク)サイドには、ふれあいステージもあった。

2002年撮影。水上迷路は、01年~閉園まで続行。

動物の国
こどもの国ロープウェイ乗り場の付近に1967年に開園した。
ちびっこ動物園の前身のようなスペース。既にラクダ、ロバ、ポニー、鹿や孔雀がいたが、これ以降、形を変えて小動物と触れ合えるスペースは閉園まで営業していた。

銀河パトロール
ワンダーホイールとお伽の城の間付近、
飛行塔の前に位置した室内型アトラクションのようである。
営業時期の詳細調査中。開園当初は無いが、1967年の地図には掲載されている。

早期に終了し、同敷地を含め大海賊が建っているようだ。